− 夏色模様 −
「――― 樹っ!」
聞き覚えのある声――― 桐谷先輩だ。
桐谷先輩がいるって事は…… 愛川先輩もいるはずだ。
「何してんだよっ! 放せって」
俺を掴んでいた前田先輩の腕に、桐谷先輩は手を掛けた。
ゆっくり放れていく腕を目で追いながら、俺は大量に空気を吸い込む。
同時に、ズルズルと壁を伝い、床に座り込んだ。
「…… 大丈夫?」
愛川先輩が背中を摩(サス)ってくれた。
「大丈夫、です」とか返したが、実際は全然大丈夫でない。
さっきまで目の前で前田先輩に言われたことが、俺を刺激し、胸が痛む。
「樹、なにがあった?」
「……」
フイッと顔を背けた前田先輩は、どうやら俺とのやり取りを言う気は無いらしい。
前田先輩に聞いてもムダだと気付いた桐谷先輩は、俺に同じ質問をする。
しかし、俺も言う気が無い。
「何もないです」
こうやって、言い返した。