忘却の勇者

「止まれ」


抑揚のない冷淡な声色。


ドアノブに手をかけた寸前に投げかけられた少年の声に、男は肩をビクッと揺らして停止した。


嫌な汗が額から零れると、鉄槌が引かれる音が部屋に木霊にした。


「なぜだ……なぜ動ける!」


「愚問だよおじさん。あんだけ沢山打たれたら、嫌でも身体は慣れちゃうよ」


慣れる? そんな馬鹿なことがあってたまるか。


「成人男性の百五十倍の致死量だぞ……そんな数時間で慣れるわけが……」


「勇者の血を舐めないでいただきたいね。それよりなぜ僕を誘拐した。目的はなんだ。言え」


背中越しに伝わる少年の怒気がこもった声。


回答しだいでは鉄槌が打たれる。すなわちそれは死に直結。


男は一つ一つの言葉を慎重に選びつつ、ゆっくりとした口調で答えた。

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