忘却の勇者

「僕には過去の記憶がない。思い出せる限りでの一番古い記憶は、数ヶ月前の記憶。真夜中の森の中で一人佇み、黒刀を両手で握りしめていた所から。
なぜ森にいたのかは覚えてなかった。その時覚えていたのは日常生活と戦いに関する知識。自分の名前と勇者の血筋であること。そして、魔王を倒すという使命だけ……。
それ以上の記憶は、僕の脳には刻まれてなかった。ううん、消されてしまったのが正しいかもね」


消えてしまった過去の記憶。


それが意味するのはただ一つ。


「家族も友達も、僕の住んでいた町の人達も。僕に関わった全ての人達が殺された。推測でしかないけど、過去の記憶ごと消し飛んだんだ。皆殺されたんだと思う」


「オレオ……」


「それが悲しいとは思わない。だって全く記憶がないんだ。どうやって悲しめばいいと思う? だけど―――」


記憶が消えるのが怖い。


コーズのことを忘れてしまうのが一番怖い。


こうやって悲しみことも、思い出に浸ることも出来なくなるのが、一番怖いんだよ。


コーズのことを忘れたくないのに―――
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