忘却の勇者

死の足音が一歩また一歩と近づいてくる。


「私と君はあんなに愛し合った仲じゃないか。二人の愛をもっと育んではみないか坊や」


気持ちの悪いことを言う。


レインを腰のポーチに手を伸ばす。


体力も魔力も万策尽きた。もはやオメガと戦う力は残っていない。


残っているのは、空前の灯と化した己の命。


どうせ殺されるのならば……。


決意に満ちた瞳は、ある一点に注がれている。


ドゴォンッという音が近くで鳴り響き、パラパラと氷片が床に落ちる。


音のする方向に視線を向けると、口元を不気味に吊り上げるオメガと目が合った。


本当に気持ちが悪い。視覚に入れただけで吐き気がする。


毒を吐こうにも、言葉を紡ぐ体力さえ惜しい。

< 482 / 581 >

この作品をシェア

pagetop