かさの向こうに縁あり
「彼は君を殺す気なんだ……!」



認めたくないとでも言うかのように、押し殺したような声でそう告げた彼の表情は酷く辛そうなものだった。

私のために苦しんでくれているみたいだ。

それを聞いた苑さんは、両手を口元に当てて、信じられないというようだった。


一方で私は、なんだか途端に何の感情もなくなってしまった気がしていた。

足元を見つめる。


もうどうにでもなれ、なんて言葉しか浮かんでこない。

殺されるなら殺されたって構わない気すらしてくる始末。

この場にいる苑さんのこと、果ては平助のことですら、微塵も考えられなくなるほどに。


――もうどうにでもなれ。


ただそれだけ思って立ち尽くしてしまった私を見た平助は、勢いよく私の右手首を掴んだ。

とても強い力で。



「ほら逃げるよ、妃依ちゃん!急がないと、服部さんが……!」



その一言で、私は我に返った。



服部が来る。
だから逃げよう、と平助は言った。


ということは?


彼は平助をつけてきていた……ということで間違いない、のかな。

しかも平助がそれに気づくほど。


ようやくこの非常事態に気づいて、ははっと口角を上げる。



「……それって結構、やばくない?」



気がつけば、ぽろりと声が洩れ出ていた。


こんな時だというのに考え事に耽って動かない私を見て、平助は半ば強引に屯所に連れて帰ろうとする。

苑さんは口元に手を当て私を見たまま、固まっている。


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