かさの向こうに縁あり
これだけの想いがあるから、きっとこれが今生の別れにはならないだろう。

今までもそう思ってきたのだし、それはこれからも変わらない。


ひとまず、平助のことは忘れて今を逃げることだけに集中しよう。



「……って、私はどこに向かってるの!」



自分で適当に走っておきながら、やはりそれは本当に適当だったようで。

とりあえず勢いで走ってきてしまったけれど、現在地がまったく分からない。

分かるのは、周囲の視線が若干増えたことくらいだ。


こういう危機一髪な状況下で、正確な意味での“適当”さを上手い具合に発揮できるならよかったのだけど、それはさすがに無理だった。

今までのらりくらりと適当で生きてきてしまったことを、少しだけ後悔する。



「何か目印は……」



「この通りは何通りだ!」とかはまったく検討がつかないけれど、苑さんの家から南へ東へ、と来たことだけは唯一覚えている。

それ以前は八坂神社に向かっていたのだし、苑さんの家はたしかその近くだったよね、とは思い出せるけれど……



「あ……八坂の塔!八坂神社の近くに八坂の塔とかいう建物があったはず……!」



何となく覚えていた言葉を声に出してみる。

京都に出張だという父が、「八坂神社の南に見えるあの八坂の塔に寄ってこようかなー」と言っていたような気がしたからだ。

何とかっていうお寺(※)の五重塔、というところまでは聞いたけれど、そもそも歴史に興味がなかったのだからそれもよく聞いてなくて、はっきりとは思い出せない。



※法観寺。
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