かさの向こうに縁あり
どきっとした。

嫌な方のどきっと、だ。


聞き慣れた声、けれど平助とは違う声質の男性に、突然声をかけられた。


振り返っていいものなのだろうか……

でも迷っていたら、ただの両手を上げている変人だ、このまま逃げるわけにもいかない。


とりあえず伸びの体勢を正しつつ、カクカクとした動きで声の主に振り向いた。




「お……お父さん!?」




そこには、「なんだよそんなにびっくりしてー」と言う父がいた。


父が、いる。

いや、ちょっと待って。



いるわけない、とは限らないかもしれないけれど、格好からしているわけがない。


スーツに革靴、そしてバッグを手にして立っている。


父は数日前……私が現代にいた最後の日、京都に出張に行ったはずだ。

それにここは父が寄ろうと思っていた八坂の塔のすぐ近く。



本当の“異人さん”を演じているのか、父は……!



もう、単純にキャパオーバーである。

だから我慢できず、恥ずかしいとも思わずに聞いてしまった。



「お父さんも幕末に!?」



それを聞いて父は呆気に取られている。

何を言ってるんだこの娘は、という表情だ。


大体、歴史が嫌いだとあれだけ言っていた私の口から“幕末”という単語が出てくるとは予想だにしなかっただろう。

父は時間差でぶはっと噴き出してから口を開いた。




「はい?妃依、どこか頭打ったりしたの?今、平成でしょ、平成。――――」




――その後、父は何と言ったのだろう。



あまりにも衝撃が大きすぎて、続きを聞く前に、そして周囲すら見ないうちに、私は気を失ってしまったのだ。


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