かさの向こうに縁あり
それほど命知らずなことをしでかそうと考えるところをみると、あれはちゃんと恋だったんだなあ、と素直に思える。


自信はないけれど、平助の気持ちも、きっと私に向いていた。

彼の行動が、耳元に響いた鼓動が、そう伝えていたのだと、冷静になった今なら理解できる。



「好きだ」と、素直な言葉は何一つ伝えられなかった。

伝えてもらえなかった。



それは私が幼すぎたからなのかもしれない。

そうと分かれば、想像以上に後悔の念が込み上げてきて、思わず涙ぐむ。


いいや、父の前でなんて泣きたくない。

落ち着け自分、という意を込めて、牛乳を一気に口に含む。




『――平助っ!島原行くぞ!』




「ぶっ……!ゴホッゴホッ」



頭の中には、咄嗟に「!?」という言葉にならない文字だけが浮かんだ。

むしろそれしか浮かばない。


飲んでいた牛乳を思わず噴き出してしまった。

あまりの勢いに、父が私を見た。



「おいおい、大丈夫か?このドラマのどこがそんなに噴き出すほどおかしかったんだ」



父はそうやってゲラゲラと笑っている。

完全に面白がっている。


いや、だって……


空耳だろうか、“平助”と聞こえた気がしたから。

それと、“島原”とも聞こえた。


――父は一体、何のドラマを見ているんだ……!



「ねえお父さん、これ何のドラマなの!」



父が見るのは、大抵幕末物の時代劇である。

そんなこと、分かりきっているのに。


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