君はガラスの靴を置いていく



音を立てないようにドアを開けると中はシーンと静まり返っていた。湿った本の匂いと取り囲むように配置された本棚が少し息苦しい。

辺りを見渡して人の気配はしなかったけど、俺の足は自然とその奥へと進んでいく。


……………やっぱりいた。

正面からは見えない死角のテーブル。千花はここが好きみたいだから居るとしたらここだって思ってた。


『千……』

名前を呼ぼうとしたけどその後ろ姿はいつもと違う。

普段は背筋をピンっと伸ばして姿勢がいいのに、
まるで猫のように丸くテーブルに埋もれていた。


もしかして………とそっと近付くと千花は珍しく眠っていた。


千花のこんな姿はじめて見た。付き合ってる時でさえ寝顔は見た事ないし、学校で寝るなんて事は絶対にしないから相当疲れてるのかな……。

よく見るとテーブルには本が山積みだし、書きかけのノートにはびっしりと勉強の痕跡があった。


『………』


俺は静かに千花の隣に座り、少しだけその顔を眺めてみた。

寝顔を見たら後で怒られるかもしれないけど、物音ひとつしない図書室では寝息が漏れてくる。スースーと聞こえるその音はどこか心地いいものだった。


そう言えば千花は看護師を目指してるんだっけ。

文化祭間近で生徒会の仕事もあるだろうにこんな難しい本ばっかり読んで。きっと家に帰っても勉強してるんだろうし、ちょっとは休めばいいのに………


気付くと俺は千花の頬を触っていた。


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