雪月花~死生の屋敷
私が足を止め、その場で立ち尽くしていると、蜃気楼の様な空間異常が目の前で発生する。その歪みは次第に大きくなり、蜃気楼は大きなうねりを見せ、それが人の形に変わり出した。

目の前に現れたのは不精ヒゲに、細長い一重の眼、それに迷彩服を着込んでおり、顔にペイントを施している明らかに様子がおかしい男性が居た。誰が見ても解るぐらいに猫背なこの男は、私の姿を見ると満面の笑みを浮かべた。

「若い女…フヒっ」

不気味な笑い声を上げた男は、腰のホルダーに入っていた刃渡り30cmはあるアーミーナイフを取り出した。そして何やら無線機の様なものを取り出すと、それに話しかけ出した。

「ヒヒヒっ…管制塔こちらブラボー。ターゲットの若い女を発見…ウィルコ。ただちに任務に入ります」

男は無線機の様なものをしまうと、ナイフを逆手に持ち、私の元に走り寄ってきた。突然な出来事に私は、逃げようと思ったものの、足に力が入らなかった。

何も躓くようなものなどないこの道で、私は盛大に転んでしまう。何とか腕に抱いていたユキちゃんを放りだす様な事にはならなかったものの、ユキちゃんを庇ったせいで肘を地面に強打してしまった。

「いや…やめてっ」

片腕でユキちゃんを抱きしめたまま、私は腰の抜けた状態で這うように逃げようとした。でも迷彩服の男は、そんな私の進行方向に回り込むと、私の逃げ道を封じ、私の反応を楽しむかの様に笑い声を上げる。

「ぶっ…ヒヒ。任務続行…目標補足っ。排除ぉっ!」

男はナイフを振り上げ、私に振り降ろそうとした。この時私は自分が死ぬんだと漠然に考えてしまった。

何も出来ずに殺されてしまう。圧倒的強者の前では私などゴミ同然。

やっぱり狂った霊魂も居たんだ。初めから逃げる事など出来るはずなどない。

断の札を持ってようとも、それを確認する時間など実際はない…数珠も強者の前では無意味に等しいのだ。

せめてユキちゃんだけは何とか…助けたい。

ナイフを振り落とす数秒の間に、こんなに考える時間があるとはね。この時間もまた走馬灯と同じ効果なのかしら。

私は抱きかかえる様にユキちゃんを胸に抱きしめ、迷彩服の男に背を向けた。
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