恋を、拳と共に
二章 灯台下暗し
茜 2
――あーん、もー、間に合うかなぁ?
私はそうつぶやきながら、朝っぱらから、駅までの道を爆走していた。
今朝は、家を出たところでケータイを忘れたことに気付いて一度部屋に戻ったせいで、遅れてしまったのだ。
走りながら定期券の在りかを手で探り、駅入り口の自動改札機にかざす。
ピッ。
ほんの1~2秒だけど、ゲートが開く間もその場駆け足をして、開くと同時に軽やかに駅の改札を抜ける。
階段を一段抜かしで駆け上がり、「かけ込み乗車は大変危険です」という、駅員さんの眠そうな構内アナウンスを聞き流し、
ホームに停まっている電車に飛び乗る。
と、同時にドアが閉められた。
あぁよかったー。
この電車に乗れたら、朝練の準備に間に合うのよね。
さすが私。早い早い。
そんなことを考えながら、まだ荒い呼吸を整えるために、乗った方と反対側のドアに向かった。
ドアの横の手すりにつかまり、「手を引き込まれないよう」と注意書きのある戸袋のところにほっぺたを近付ける。
――ここ、風が通って涼しいんだ。
おでこを窓ガラスに付けるのは抵抗があるけど、(だって、いろんな人のおでこや手のひらの跡が既についてるんだもの)涼むだけなのでよしとする。
初夏の気持ちのいい風をドアの隙間から感じながら、私は先日のことを思い出していた。