恋を、拳と共に
「あの、この前は、ほんとにありがとうね」
頭の中がパンクしそうになってきた時、藤沢の涼やかな声がした。
「この前、階段で落ちそうになった時の話ね。
あのあと何だかきちんとお礼も言えないまま、毎日過ぎちゃってた気がして……。
こんな、帰り道のついでに言うのもいけないとは思ったけど、でもなかなか言う機会もなくて」
「いや、ぜんっぜん、いけなくないと、思うよ」
「そう? ありがとっ」
藤沢が微笑む。
ふんわりとした笑顔。
「ど、どういたしまして……」
思わず視線をそらしてしまった。
いや、でも、俺からもお礼言わないとな。
「わざわざ、お礼、言いに来てくれて、……ありがとう」
「ごめん、今よく聞こえなかった。何て言ったの?」
「お礼をわざわざ言いに来てくれて、ありがとう、って言った」