キミのいる世界で
「では、いってらっしゃいませ」
私と青年が宿から出ようとすると、そんな声が後ろから聞こえてくる。見れば、例のお兄さんだった。
しかも何を思ったのか、そそっと近づいてきたお兄さんは私に耳打ちしてくる。その内容があまりにもアレで、殴り倒したくなってしまった。
「二人同時とは……やりますね」
文句を言ってやろうにも、力強く引かれた腕は、そのまま外へと向かう。キッと睨むだけ睨んだけれど、見れば見るほど下品な笑みは変わることがない。
終いには右手を振るという動作もついてきて、もう後ろを見続けるのはやめた。
「あー、そうだ。名前教えてよ、呼びづらいしさ」
私の手を握ろうとしてきた青年が突如、そんなことを言い出す。その手をかわしながら名前を言えば、意味深な笑い声を漏らされた。
「一応教えとくけど。オレの名前は、ルベル。ダーリンって呼んでくれてもいいけどな」
「遠慮しときます、ルベルさん」
「ルベルさんは止めようぜ? 呼び捨てで宜しく。エマちゃん?」
「エマちゃんは止めてください。ルベル」
そんなやり取りが海に着くまで延々と。第一印象は、何だこの人。けれど――
変に思いつつも、次々と飛び交う言葉が少しだけ楽しいと感じる私がいる。
気付けば左手がつながれていたのだけれど、それも別に嫌とは思わなかった。不思議な人。けれど、面白い。
海に着く頃には、最初のお風呂事件など頭には微塵も残っていなかった。