「影」三部作
「コウキが柚姫を――!」
「コウキって?」
 コウキは一体誰なのだ。コウキが一体柚姫に何をしたのだ。
 僕が聞いても、愛姫は更に激しく泣くばかり。いよいよ何も言えなくなった。
 柚姫、柚姫、と愛姫は繰り返す。それしか聞き取れなくて、僕はどうしたらいいのか途方にくれた。
 無情にも時間だけが過ぎる。僕がどうしたらいいのかわからなくて、固まっていた時、
「連れて行かれた!」
と愛姫が涙声のままで叫ぶように言った。
「誘拐?」
「違うの!」
 違う違う違う。何回も何回も愛姫は僕の胸に頭をこすりつけるように首を振った。
「違うの。」
 誘拐ではないのに、連れて行かれて。一体柚姫になにが起こったんだろう。それを知っている愛姫は泣くばかり。
「愛姫――。」
「いけ。」
 それは行けだったかも、逝けだったかもしれない。だが僕には、池に聞こえた。
 何かが繋がる。
 僕は愛姫の細い腕を掴んで走り出した。パジャマのままなのも構わず。あの日見た池に向かって。
 僕の勘が正しければ――、あの時、池を見ていた柚姫は「コウくん」がいる、と言ったのだ。だから、その池にいるコウくんに連れて行かれた。
 林に向かって僕はどんどん走る。愛姫は不思議そうに僕を見ていた。僕がどこに向かっているかわからなかったんだろう。
 でも、林に近づくにつれて愛姫の足が重くなる。そして、林が見えると愛姫の足は止まってしまった。
「愛姫?」
 雪のように白い肌は、青白くなっていた。額に大量の汗を浮かべて、口を一文字にんでいた。目は虚ろに、ただ一点を見つめている。
「どうした――」
「だめ。」
 愛姫が僕の腕を握りしめた。
「でも、柚姫はここに――」
 いるんじゃないのか。
 それでも、愛姫は首を振っていた。
「行っちゃだめなの!」
「わかった。僕が行ってくるから待ってて。」
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