「影」三部作

 それから三ヶ月程経って僕は退院した。季節は秋の色を濃く見せている。
 学校を建設した建設会社への追究も最近ゆるくなってきた。けれども、僕は許せない。あの一件はたくさんのものを奪ったのだ。
 生き残った生徒は今、カウンセリングを受けたり病院に通ったりしながら、近くの施設を借りて、また生き残った先生に授業を受けていた。もちろん、柚姫も。
 でも、僕には今日が初登校日になるわけで。愛姫と一緒に向かっていた。
 どうして二人きりなのかというと、付き合ってるから、というのもあるが、一番の理由は柚姫が怖かったから。この三ヶ月、僕も柚姫のことを聞かなかったし愛姫も柚姫のことを話さなかった。
「それでね、今やってる眠りの森って映画が面白そうで――。一緒に行こうよ。」
「二人で?」
「二人で。」
 愛姫が嬉しそうに僕と腕を絡ませる。学校に言ったら僕は刺されて殺されるんじゃないか。本気でそう思った。
「それでねぇ、鷲羽ランドのお化け屋敷にも」
「レン。」
 低い声がした。でもそれは、愛姫と同じ声。
 逆光だ。逆光でよく顔は見えない。でも、僕にははっきりとわかる。
 愛姫は嬉しそうに手を振っていた。でも、僕は。僕は固まってしまった。
 柚姫が歩いてくる。ローファーでアスファルトを歩く音がした。
「ちょっといいかしら?」
 愛姫、お願いだ。
「しかたないなぁ。」
 お願いだから、愛姫。今からでも断ってくれ。
「レン、それじゃあ先に行ってるね。」
 そう言って愛姫は走り出す。病み上がりの僕には追いつけない。
 僕は手を伸ばそうとしたけれど、怖くなってその手を引っ込めた。
 柚姫が僕の腕をしっかり握っている。憎しみの篭ったその目で。
「愛姫は私の双子の妹なのよ。」
 それは、僕と二人出会ったばかりの柚姫が言った言葉だ。そういえば、その頃の愛姫は柚姫の影に隠れていたような気がする。
「だから、ずっと私が守らなくちゃ。」
「あの、柚姫。」
「レンのことは私も好きだったの。でも。」
 チキチキチキ、という嫌な音。それはカッターナイフの歯を出す時の音に似ている。いや、そうだ。
 黄色の、何の変哲もない持ちやすい太さのカッターナイフ。歯は全て出ているようだった。
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