「影」三部作
「愛姫を幸せにできるのは私だけ。」
 狂ってる。おかしい。
「だって私は愛姫の影なのよ。」
 太陽の光を浴びて、カッターナイフの歯がきらめいた。柚姫の影が、消えてしまいうだ。
 僕は逃げようと柚姫に背を向けて走り出した。でも、やっぱり病み上がりだから思うように走れなくて。
 柚姫の悪意が僕を追う。誰か。

 目の前には男の子が立っていた。あの時泣いていた男の子。池の中に住む男の子。両手を広げて僕の行く先を遮っている。
 どけてくれ。僕は男の子を突き飛ばそうとした。だけど、できなかった。
 彼は柚姫と愛姫にとても似ていたから。
「光くん、ありがとう。」
 僕が止まっていると柚姫の気配も止まる。と、コウキは溶けて、柚姫の影に吸い込まれた。
「光くんも嬉しいでしょう?お兄さんができて。」
 柚姫はころころ笑う。
 一体誰なんだ。僕の目の前にいるのは。柚姫では、ないのか。
 きらめくカッターナイフ。愛姫もいない。僕は、もうだめかもしれない。
「柚姫。」
 僕は懇願する。
「一つだけ、教えてくれ。」
 君は誰なんだ。でも、それは言えなくて。
「コウキは一体誰なんだ?」
「弟よ。」
「弟――?」
「そう、でも、私の愛姫を盗ったから。」
 その先は――
「殺したの。」
 嫌だ。
「貴方みたいに。」
 もう、逃げられない。カッターナイフと、柚姫と、コウキと。
 僕が悪かったのだろうか。愛姫を好きになってしまった僕は。
「レンは愛姫の影の影になれるのよ?」
 幸せでしょう、と柚姫が問う。でも僕は愛姫の隣りに並んでいたかったんだ。僕が望んだのはこんなのではない。
「言い忘れてたけど。」
 柚姫がカッターナイフを振り上げる。
「私もレンのこと、好きだったの。」
 普通ならば、嬉しいことだ。けれども柚姫の瞳には何も映っていない。虚ろ。
 でも僕は。僕は。それも悪くないって、どうしてだか、思っている。柚姫になら、って。抱いていた想いが、そう言っている。
 僕と柚姫は見つめ合った。何も知らない人が見たら、それはまるで恋人同士のようだろう。
「さようなら。」
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