ココア
この頃のことは、一番思い出したくないことだった。
「…で、ね。家を出た。私はお父さんを捨てたんだ」
「それは違うだろ」
「ううん、捨てたんだよ。私もね、ずっと出ていきたいと思ってた、息が詰まりそうになる家から。お父さんの顔を見るのがイヤでイヤでしょうがなかった」
「─倉野」
「お父さんの介護も全部お母さんに押しつけた。殆ど実家には帰らなくなった。私がしたことと言えば、お金を送るくらいだった。一人娘なのに、お父さんもお母さんも捨てたんだよ」
「それは違う。捨てたんじゃないよ」
「昨日、久しぶりに家に帰ったの。そこで、お父さんに私、酷いことを言ったんだ…」