ココア
「や、なんでもない」
なんでもなくない!
て、言いたかったけれど、今日初めて見せる無邪気な笑顔に見惚れて言えなかった。
店を出ると、雨はますます勢いを増して降っていた。
西原くんは、思わずしかめっ面した私の腕を引っ張って、地下街を指差す。
雨のせいで、地下街はいつもよりも人が多く歩きにくい。
オマケに今日は金曜の夜。
愉しげな笑顔の人たちや、早足で家路を急ぐ人たち。
そんな中を、二人で歩く。
人にぶつかってばかりの私を笑う西原くんは、もういつもの西原くんに戻っていた。
あの、苦しくなるくらいの穏やかな笑顔も、
遠くを見る目も、
彼はいつもそっと一人で抱えているんだろう。
陽子さんがいなくなってからは、ずっと一人で。