哀・らぶ・優
「ちょっと待ってください、課長お子さんいらっしゃるんですか?確かご結婚されてないですよね?」
聞きたいことを矢継ぎ早に質問する。
課長はあぁ、と笑う。
「言ってなかったか?」
聞いていない。
何故か腹立たしい気持ちになった。
「実は、妻は4年前に死んだんだよ。息子っていうのは、その妻との子で、もう5歳になるんだ。」
「そう…なんですか…」
なんて答えていいのか分からず、それらしい相槌を打つ。
あたしの心はざわざわと音を立てていた。
そんな私の気持ちに気付く訳もなく、酔っている課長は話し続ける。
「4年経った今も、息子と2人だけで生活してるんだ。
周りからは、息子のためにも、って縁談とかいろいろ、勧められるんだけどね。
どうしてもそんな気にはならなくて…妻が、消えないんだよ。
3年後もそうなのか、って聞かれたら分からない。
でも、俺は一生、妻を愛していくつもりなんだ。忘れるなんてできないんだよ。」
喋り終えた課長はぬるくなったビールを一口飲み、悲しそうに笑った。
ふにゃ、とはまた違ったニュアンスのその笑みに、あたしは泣きそうになった。
「ごめんね。」
このごめんね、が、単純に「部下である君にこんな話をしてごめん」なのか
「だから君の気持ちにこたえられなくてごめん」なのかは分からない。
でも、あたしでさえ気づかなかったこの気持ちを、課長はとっくに気づいていたのだろう。
証拠に、課長はあたしの顔をうかがうような目で見ていた。
「息子さんが待ってますし、帰りましょうか」
そう言って、先に席を立った。
課長の顔を見ることも、泣きそうであろうあたしの顔を見せることも、したくなかった。
私は課長が、好きだったのだ。
そしてそれは気付いたと同時に、ビールの泡のように消えていった。