遙か彼方


「……」


言葉が出ないとはこのことだ。


複雑な感情が渦巻く。


─────家庭が崩壊したのはもとを辿ればお父さんが研究に没頭して家に帰って来なくなったから。

それを今更スパッと辞める?

辞めるくらいなら、最初からやらないでよ。



──────お父さんが辞める。

そうすればあの家でまた暮らせる。

あの家で暮らしていれば、お母さんがひょっこり帰ってくるかもしれない。

独りじゃなくて、お父さんと2人ならあの家でやっていけるかもしれない。



そんな2つの考えが頭の中を駆け巡る。

“過去の憎悪”と“未来の希望”が五分と五分で闘っている。



「帰ろう」

お父さんの笑顔に、ふと彼の…葵の笑顔が重なった。

彼が私に笑いかける。


『家に帰ろう』

「……うん」


そうだね。

生きようって決めたんだ。

前に進もうって。


お父さんのこともいつまでも負の感情で接していたら駄目だ。

“過去”と“未来”が五分と五分なら私は“未来”を取ろう。

“過去”は…、捨てることは出来ないけれど、胸の奥に仕舞っておこう。


これからの“未来”の為に。




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