遙か彼方



「じゃあね」

彼は持っていた本を私に差し出した。


良かった。

帰ってくれるらしい。



私はその本を受け取ろうと右手で掴んだ。

なのに彼は手を離さない。

力を入れて引いてみても離さない。


何してるの、この人?


そう思って視線を本から彼の顔に移した時だった。



「美桜」

「え?」


不意に呼ばれた名前に不覚にもキュンとしてしまった。


「明日もここに来る?」

「え、ええ」


キュンとしてしまったのは最近名前を呼ばれていなかったから。

彼の声が何故か切なそうに聞こえたから。


私は顔が赤くなっていそうで、視線を本に戻した。



「僕も来てもいいかな……?」

「な、何で?」


平静を装いたいのに声を出しただけでバレてしまいそう。






< 30 / 204 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop