遙か彼方
「じゃあね」
彼は持っていた本を私に差し出した。
良かった。
帰ってくれるらしい。
私はその本を受け取ろうと右手で掴んだ。
なのに彼は手を離さない。
力を入れて引いてみても離さない。
何してるの、この人?
そう思って視線を本から彼の顔に移した時だった。
「美桜」
「え?」
不意に呼ばれた名前に不覚にもキュンとしてしまった。
「明日もここに来る?」
「え、ええ」
キュンとしてしまったのは最近名前を呼ばれていなかったから。
彼の声が何故か切なそうに聞こえたから。
私は顔が赤くなっていそうで、視線を本に戻した。
「僕も来てもいいかな……?」
「な、何で?」
平静を装いたいのに声を出しただけでバレてしまいそう。