【短編】The last bet
今更だけど、奏多と詩歩の大切さに気付き、紀子への愛を確認させられた。
別れをつきつけられて、それぞれと久々に向き合って過ごして、ようやく思い出したんだ。
「紀子っ!!」
あまりにも大きな声を出したからか、驚いた表情を浮かべる。
「俺は、奏多のことも詩歩のことも……紀子のことも。本当に好きだよ」
今言わないと、ずっと後悔する。
どんなに情けなくても格好悪くてもいい。
恥も外聞も捨ててその場に座り込み、俺は床に頭をつけて土下座していた。
「今まで本当に悪かった。今更かもしれないけど、俺にとってみんなが、どれだけ大切な存在か」
「今更気付いたんだ」
「……紀子」
遮られた言葉の後、頭を上げてそのまま顔を見据える。
「だって、私の話になんて耳も傾けなかったし。喧嘩するにもしようがなかったし。あなたにとって、家族は何なのかと思ってた」
紀子はそう言うと俺の手をとって立ち上がらせ、
「最後にその言葉が聞けてよかった」
顔を覗き込んで優しく微笑んだ。
失いたくない。
最後なんて言ってほしくない。
今日、紀子は離婚届を出しに行った。明日、俺の引っ越しも決まっている。
子どもたちには言えなかったけど、もう夫婦ではなくなってしまったけど、
「やり直せないか、俺たち」
無理だと分かっていてもそれを言わずにはいられなくて、悪あがきだって笑ってしまうけど……これが本心。
ギュッと拳を握り締める。
「もう一度だけ……チャンスをくれないか?」
これが最後の賭けだった。