【短編】The last bet
麗らかな昼下がり。
平日の動物園は人もまばらで、のんびりと園内を歩いていた。
「おかあさん、ぞうー!」
「おとうさん、はやくきてー!」
遠く先を歩く奏多と詩歩が、こっちに向かって叫んでくる。
「フフッ。愁、行こっか」
「あぁ、そうだな」
隣には愛しい妻がいて、昨日までの出来事がまるで夢のよう。
今が夢じゃないようにと紀子の手を取ると、一瞬驚いた表情を浮かべるも、微笑み繋ぎ返してきた。
「あっ、かなたもつなぐー」
「しほもつなぐー」
四人手を握り、こんな風に歩くのは初めてのこと。
二人仲良く動物の歌を唄う奏多と詩歩。
それを見つめる紀子と俺。
こんな何の変哲もないことが、無性に幸せなことだと感じる。
「それにしても、高い授業料になったな……」
「引っ越し費用のこと? まぁいいじゃない。おかげで引っ越しの代わりに、こうして久々にみんなで出かけられたんだし」
はしゃぐ二人の子どもたちを眺め、今を一緒に過ごせるということを噛み締めると、確かにそうかもなと言葉を漏らしていた。
「言っておくけど、次はないからね? こっちには人質もあるし」
「おかあさん“つぎはない”ってなぁに?」
「おかあさん“ひとじち”ってなぁに?」
目を輝かせる奏多と詩歩。
次なんてない。
人質は使わせない。
「何でもないよ」
紀子の代わりに答えると、二人は頬を膨らませて拗ねた。
それを見て、紀子と笑って。
こんな日常を手放すなんてできない。
二度と同じことのないように、今回のことを胸に刻んでおこう。
そして、ずっと一緒に過ごしていこう。
幸せは、こんなにも近くにあったんだ。
【END】