【短編】The last bet
「それはあの子たちに聞いてみればいいじゃない。別れてもあの子たちの父親に変わりはないんだから」
かつての紀子はいない。
笑顔のかけらさえ浮かべない彼女に落胆しつつ、それでも子どもたちには会わせないと言わない彼女に感謝する。
こんな時になって浮かぶのは、包み込むような温かな家族の笑顔。
耳に残る笑い声。
最後に聞いたのは、一体いつだろう。
「思い出せやしないじゃないか」
肩を落として息を吐き捨てる。
確かにそんな楽しい時を過ごしていた。
だけどそれも記憶に古い、遠い昔のことのように感じられる。
車を運転する気になれなかった俺は、その足でゆっくりと道なりを歩き始めた。
夕暮れに町は茜色に染まり、忙しなく人が行き交う。
その波に乗って人の中に紛れ、最後になるかもしれないこの道を噛み締めながら、誰よりもゆっくり歩いていく。
目に映る光景は、初めて見るものばかりだった。