【短編】The last bet
我ながら、いい子に育った。
正確には紀子のおかげだろう。
二人が生まれて五年。
俺の記憶にある二人は今とはまったく違い、久しぶりに触れる手と他愛ない会話と目に映る姿は、頭の中を塗り変えていく。
「ねぇ、今日奏多がね」
「悪い。疲れてるから明日聞く」
「愁……、詩歩が」
「何? 急ぎじゃなければ後で聞くから」
家族の為と言って仕事に明け暮れて、家族には目を向けようとしていなかった。
そんな俺に突然叩きつけられた離婚届は、紀子からすれば突然でも何でもなかったんだろう。
思い出す限り死力を尽くしてみても、俺はこれと言って二人の成長を思い出せなかった。
「おとうさんどうしたの?」
「なんでないてるの?」
言われて気付けば、一筋の涙が頬を伝っていた。
「かなしいの?」
「げんきだして!」
まったくと言っていいほど何もしてきてあげていないのに、ただ父親というだけで慕い懐いてくる。
右足には奏多が。
左足には詩歩が。
ギューッと小さな体で抱きついてきて、そんな些細なことが心を震わせられるように、本当に嬉しかった……。