【短編】The last bet

我ながら、いい子に育った。

正確には紀子のおかげだろう。

二人が生まれて五年。

俺の記憶にある二人は今とはまったく違い、久しぶりに触れる手と他愛ない会話と目に映る姿は、頭の中を塗り変えていく。


「ねぇ、今日奏多がね」

「悪い。疲れてるから明日聞く」

「愁……、詩歩が」

「何? 急ぎじゃなければ後で聞くから」


家族の為と言って仕事に明け暮れて、家族には目を向けようとしていなかった。

そんな俺に突然叩きつけられた離婚届は、紀子からすれば突然でも何でもなかったんだろう。

思い出す限り死力を尽くしてみても、俺はこれと言って二人の成長を思い出せなかった。


「おとうさんどうしたの?」

「なんでないてるの?」


言われて気付けば、一筋の涙が頬を伝っていた。


「かなしいの?」

「げんきだして!」


まったくと言っていいほど何もしてきてあげていないのに、ただ父親というだけで慕い懐いてくる。

右足には奏多が。

左足には詩歩が。

ギューッと小さな体で抱きついてきて、そんな些細なことが心を震わせられるように、本当に嬉しかった……。



< 7 / 14 >

この作品をシェア

pagetop