【短編】The last bet
明日からは、当たり前のように一緒にいれない。
声を聞けない。
顔を見れない。
触れられない。
今、こうして三人でいることが、どんなに幸せなことか痛感する。
「ありがとな。奏多、詩歩」
両足にくっつく二人を両手で覆い、そのまま抱き抱える。
腕にずっしりとくる重さは、幸せの分の重さ。
それは日を追うごとに少しずつ増していくのだと、そんな気がして、二人と過ごすこの時間を噛み締める。
「しほ、おとうさんだいすき」
「かなたも、おとうさんだーいすき」
最後ぐらい二人を迎えに行ってきたら?……と言った紀子に感謝する。
もし今がなければ、気付かなかったかもしれない。
いつの間にかすっかり忘れていたこと。
二人の存在が俺にとってどんなに大切かってことを。
「お父さんも奏多と詩歩のこと大好きだよ」
本当に本当に大好きで。
言えなかった、明日から別々に暮らすということを。
目の前に迫る別れに、自らが手放してしまった二人に、涙が溢れて止まらなくなりそうだった。
「ごめんな……」
奏多と詩歩は呟いた俺の言葉の真意に気付くことはなく、ただ元気付けようと家に帰るまで歌を唄ってくれた。
二人の声は耳を擽る。
足取りは自然とゆっくりになってきて、リズムに合わせて歩いていく。
忘れないように心の奥深くまで焼き付けよう。
この胸の響きを……。