【短編】The last bet
「ただいまー」
「ただいまー」
鍵を開けると二人は勢いよく家の中に入り、そして俺は異変に気づいた。
部屋の中を明るく照らす蛍光灯に、鼻を擽る美味しそうな香り。
玄関から廊下へと抜け、一番奥にあるリビングへと向かっていく。
「おかえりなさい」
「あっ、た、ただいま」
そこには豪華に彩られた料理の数々が並んでいた。
先ほどは見せなかった笑顔を浮かべて俺を出迎えた紀子に、困惑して戸惑いを隠しきれず。
クスクスと笑い声が聞こえてその方向を見れば、
「最後ぐらい、子どもたちの前でぐらい、楽しく過ごそう?」
淡い期待なんか見事に打ち砕かれて、それが一時的なものだということを理解した。
「おとうさんはやくー」
「おかあさんはやくー」
「はいはい。ほら、行くわよ」
軽く手を握られて、久しぶりに胸が高鳴る。
できることなら、この細い指をギュッと握り返したかった。
それが叶えられることはなく、いつもの定位置に座り食卓を囲む。
それは、一人寂しく食べるいつもの食事とは違い、笑い声が飛びかう楽しい一時だった。