オバケの駐在所
理由を探すことさえも
バカらしくなるくらい
当たり前の日常が
すでに遠のいている。

学生バッグを持って
通学するのもしかり、
朝にパンを食べたり
雄麗な富士を
遠くに眺めながら、
都心から流れてくる
排ガスの中で
揚々と暮らすのも
友人とたわいない会話を
するのもだ。

「はあ……」

これで何度目だろう。
白いため息が
冷えた空をくゆる。

このため息は
他人に見えるのだろうか?

私は高校の制服のうえに
コートではなく打ち掛けという
着物を着ていた。

深い赤と桃色の
蝶々のように大きい着物。

それを歩きやすいように
前をかいぐって、
漆塗りの丸みがある駒下駄を
交互に鳴らしながら
駅に向かって歩いた。

すれ違う人々を
振り向かせるために
わざとその打掛の袖を
振ってみたけど、
季節外れの桜の花びらが
着物から舞うばかり。
下駄を鳴らしても
闇に堕ちた音は
もう誰の耳にも届かず。
片手にもつ唐傘には
折れた梅の枝が乗っているが、
みんなみんな……
私を見てくれなかった。

こんなのを身につけたって
結局は無駄なあがきだ。

唐傘、駒下駄、打掛。

この奇抜な格好はもちろん
ファッションでも
なんでもなく趣味とも違う。
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