オバケの駐在所
でも実際2人には
すぐそこにいる少女に
焦点が合わないらしい。

唐傘は……
どうやら梅のつぼみを
団子でも食べるかのように
能天気に
つまんでいるみたい。

こりゃ会話じたい
聞いてないな。

――ボーン。ボーン。


交番の奥の部屋から
振り子時計が鳴り始めたのが
聞こえた。
まもなくしてポッポポッポ
鳩の仕掛けも動く音がする。

その鐘の音が
聞こえてきたと思いきや
銀髪の少女は魂を
吹き込まれたかのように
ゆっくりとこっちに向かって
歩きだした。

「わわ、吉野さん
手を離して!」

見るところ
冬の気候にそぐわない
ひらひらの黒い服以外は
何も身につけていない風だが、
たとえここが熱く灼けた
鉄の上だとしても
顔色1つ変えなさそうなくらい
気味の悪い目つきのまま
やってくる。

「ちょちょっと吉野さん、
離してって……」

振り返ったら
その少女のように
黄土色の瞳をした人が
いつの間にか
私の体を抱いていた。

「きゃあああああ!」

ぐいっと手を振り払って
その人を突き放す。

その人は後ろにかよわく
尻餅をついた途端に、
いつもの見慣れた
吉野さんの顔に戻った。

が、そっちに
気をとられていた私は
にじり寄ってきた
一方の少女に手を掴まれる。

そして私を物欲しそうに
見上げてくる少女。

その時、全ての音や
時間までもが
止まった気がした。

「私の名前はユエ」

少女が喋った。

次いで空間がうねって
へしゃげて固まり、
大木が割れるような
すさまじい音がした。
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