オバケの駐在所
その人は日本史の教科書に
載ってるような
平安の貴族の格好をしていて、
シャクといった
細長い板を口元にあてながら
その人間離れの
恐ろしく整った顔を
私の顔に近づけ食い入るように
ジロジロ見てくる。

やはりそうだ。

この人は去年の春先に
桜並木で会ったことのある、
名前は確か……。

「サ、サクヤ姫様でねえか。
こんな外れの対屋で
どうなされたんですか!?」

慌てながら女中が近寄る。

「なぁに。散歩じゃ。
けして迷ったわけじゃないぞ?
この舟は広くて
まっこと雅やかなりけり、
ほんにほんにいとおかし。
……まぁそれはさておきじゃ」

……マ、マズい。

富士のふもとに住む
桜の神様。れっきとした
日本の神様だ。

いちおう顔見知りだけど
ここで会うのはあな危うし
話すべからずでいまそかり。

私は目をそらし、
鳴らない口笛を吹かしながら
さりげなくその場を
去ろうとした。……が、

「これ、ちょい待ち。
挙動不審なやつめ。
なつみとか言うたな。
……そーかお主わかったぞ。
さては迷子じゃな?」

したり顔のサクヤ姫は
ほっぺがうすら赤く
瞳までピンク色になっていて、
少し体がフラフラしている。

どうやら酔っぱらって
いるようだ。

「い、いえ。
なんのことでございましょう。
勘違いじゃありません?
私はローズって申しますの。
以後お見知りおきを」
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