オバケの駐在所
「あ、ごめん。電話だ。
ちょっと待ってて」

そう言って
ガード下の電車の
騒音から避けるため、
携帯を耳にあてながら
彼女は小走りで
その場を離れた。

俺も駅の改札前の
らくえきとする人波から、
少し外れた所の
橋梁にまたがれる
狭い通路に身を移した。

「……忘れられるわけねぇさ。
あんな死に方
されたんだから」

差し戻しのきかない、
取り返しのつかない過去。

あの子――とは
今は亡き昔の恋人のこと。

名前はみゆきといった。

みゆきはなんの相談もなく
この世を去ったうえ、
聞いた話では
浴槽で首を切って壮絶。

辺り一面に
血が飛散していたらしい。

遺書も遺言もないから
なにをもって死んだのか
みんなにはわからないまま
結局今にまで
至っているわけだけど。

俺は少しぼーっとして、
煙草をふかし
昔のことを思い出した。

そしてまた
電車のレールを叩く音が
ガード下に反響して、
アングラな裏通りを
がなりたてる。

そんな時だった。

『うけたまわる』

電車、人、車。

下町の雑踏をすり抜けて、
今、俺の耳に
そう聞こえた。
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