オバケの駐在所
聞こえなかったかな……?

……って俺は
何を真面目に考えてるんだ。
こんなデマ信じるか普通。

『かしこまる』

するとさっきまで
同じ言葉しか
言わなかったのが
突然変わった。

そして願いを
聞き入れるといったように
空気の向きまでもが、
その暗い穴の中へ
吸い寄せられる。

本当になにか
潜んでるみたいであった。

だけどこんな悪ふざけを
子供ならいざ知らず、
常識を携えた
社会人にやられても。

リアクションに困った俺は
言葉を付け足した。

「あのなあ、
かしこまったっつったって――
そうだな。
それなら証拠に
雪でも降らしてくれよ。
そしたら……信じるからさ」

桜前線がもうじき
関東にさしかかる頃だ。

オバケはこんな
トンチに弱いんだっけ?

そんなとぼけたことを
年甲斐もなく思っていたら、
排水溝の中から
急に黒いものが溢れて、
俺のスーツの裾に
飛び跳ねてきた。

汚いな、泥――

「ううわぁ!」

声にならない声が出て、
思わず後ろに飛び跳ねた。

泥!?

黒くて不定形であったが、
それが俺の足を掴んでいる
人の手のように見えた。
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