オバケの駐在所
もちろん格子型の鉄の蓋だ。
そんな所を手が
通るわけはないのだが。

「どうしたの?
そんな驚いた顔して」

戻ってきた小百合が
冷ややかな動作で
持っていた携帯を渡してきた。

もう一度排水溝を見ると
やはり気のせいだったか、
薄汚い泥が
巻き散らかされてるだけで
何事もないようだ。

見間違い……か?

電話の相手は野村だった。

仕事のこととかでアドバイスが
欲しかったらしいが、
俺は得体の知れないものを
見たせいで、
受話器から送られてくる
身の上相談に
通り一遍な空返事に
なってしまっていた。

野村の涙ぐんだ鼻声が
ただただ鼓膜を揺らした。



電車に長く揺られ、
やってきたのは都下、
2つの幹線道路の間に挟まれた
県境の住宅地。

長身のマンションなんかは
まだまだ控えめだが、
インフラ整備は
しっかりとされていて
子供にとっても
大人にとっても住み心地は
なかなかのところ。

季節を越して芽吹き始めた
見慣れた街路樹は
仕事終わりの疲れた体を
ホッとさせてくれる。

「あんたが
こっちの方に来るなんてね。
なんか心境の変化でも
あったの?」

「……まあ、ちょっとな」

さっきの気持ち悪い
出来事なんて
すっかり忘れて、
久しぶりの街を歩く。

心地いい風が吹いた。
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