Alice Doll

人形館の主人




 自分の鼓動が、すぐ耳元に心臓を当てているように大きな音で脈打っている。
 由衣は額から伝う汗を乱雑に腕で拭った。その間も目から話さないのが先程の猫だ。

 黒く滑らかな毛並みから、飼い猫かと思った。が、しかし、首輪はない。

 頭にくるのが、猫は由衣が見失いそうになると立ち止まり、彼女の方を見ているのだ。
 最初はどこかに誘導してるのかな、なんてことも思ったが、それを二、三度繰り返す内に、由衣は気付いてしまった。


 ……笑われてる。


 そう。猫は鍵を加えたまま、立ち止まってはその口角をにやりと吊り上げていたのだ。

 これに由衣はひくり、と頬の筋肉を動かす。これは完全に、完璧にバカにされている。


 ここまで走らされといて、しかもその原因はその猫自身なのに!


 これで怒らない人間がいたら奇跡だ。どれだけ温厚なんだ。優しいを通り越してアホだ。
 由衣はより一層の怒りを噛みしめ、再び一歩を踏み出すのだった。
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