Alice Doll
十時になるんだったら、これ以上ここにはいられない。母に心配されるし、何より、泊まっていけばなんて言われたら、私の心臓が止まる。いや、全然上手くないけどさ。
心の中で一人コントを繰り広げながら、由衣は奏に声をかける。
「あの、奏さん」
食後、セリアから注いでもらった紅茶を、ゆっくりとした動作で口に含みながら、奏は目線を合わせた。
何も言わない奏に、それは彼が自分の次の言葉を待っているからだと判断する。
「今日は、本当にありがとうございました。夕食までご馳走になって……、美味しかったと……えっと、よいだにさん? に伝えて下さい」
「ああ、夜一谷で合ってる。勿論、伝えておくよ」
「ありがとうございます。えっと、それで……、あの、もう遅いのでお暇しようかなー、なんて……」
最後はしどろもどろになりながらも、由衣は言いたいことを精一杯伝える。
漫画みたいに簡単に言いたいことが伝えられるものなら、苦労は全然しないのに! と思うと同時に恥ずかしくなって赤面してしまう。
そんな由衣を、セリアと一緒に微笑ましく見つめ、確かにもう遅いね、と頷いた後、奏はセリアに声をかけた。
「セリア、由衣さんを自宅まで頼む」
セリアは笑顔で了承した後、軽く頭を下げた。
由衣は本当に良いのか、迷惑じゃないのかとまごつくが、セリアの「わたくしに送らせていただけませんか?」という言葉に頷くことしできなくなってしまった。