ホタル


「じゃあ、あたし行くね」
「え、朱音行かないの?」

突然立ち上がったあたしにみんなの視線が注がれる。少し申し訳なさそうな顔をして、「うん、用事あるんだ」と言う。
残念そうな声を出すみんなの中で、英里だけは小さく笑って頷いた。英里だけは、"用事"を知ってる。

「ごめんね、また春休みにでも集まろ」

鞄を手にし、教室を後にした。








三年間。思い出は沢山ある。ただあたしの場合、重要なものはここにはなかった。

あたしの三年間。ううん、あたしの全ては、今までずっと彼にあった。彼があたしの全て。それはきっとこれからも変わらない。

変わらないけど、それじゃ駄目なんだよね。わかってる。だって今日は卒業式。


…下駄箱で履きならしたローファーに足をはめ、青空の下へ踏み出した。目障りな程満開の桜。みんなの門出を祝う様に、それは綺麗に舞っていた。

終わりにするんだ。全部。

桜の向こうには、愛しい人の姿があった。ボタンのなくなった学ランを着て、いつものあの落とす様な視線で。

やっぱり愛しいと、思った。


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