ホタル



……………


朝目覚めると、隣に裕太はいなかった。
背中に冷や汗を感じ、思い切り跳ね起きる。

やがて徐々に聴覚が動きだし、洗面所の方から水音が聞こえて、心の底から安心した。


昨日の裕太は、どこか違った。

平気なふりを続けながらも、こんな夢みたいな生活がいつまでも続くなんて思ってない。
大学の友達からの連絡も頻繁にあるし、裕太だってこのままでいいはずない。

わかってて、気付かないふりを続けた。

裕太はそれに、終止符を打とうとしているんじゃないかと思った。


「あ、起きた?」

洗面所からタオルを片手に裕太が出てきた。
少し濡れた前髪の下の笑顔は、いつもと何ら変わらなくて。

変わらない、優しい笑顔で。

「…おはよ」

あたしも小さく微笑んだ。

心の底から安心した。

そしてまた、心の奥底にある不安に、鍵をかけた。

二度と開かないことを、馬鹿みたいに願いながら。





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