ホタル
…あぁ、そういうことなんだ。
あたしの表情は確かにとても驚いていたけど、心の中はどこか冷静だった。
裕太は知っていたのかもしれない。
今日、彼女が来ることを。
もう何年間会ってなかっただろう。
普通に呟いたつもりが、その声はとても掠れていて。
「…お母さん」
彼女の視線は、あたし達の繋がれた手に注がれていた。
ゆっくりと、裕太の手の力が抜ける。
繋がれてない方の手から、赤いりんごがするりと落ちた。
…永遠なんて、なかった。
鍵は簡単に開いて、あたし達を穏やかに包んでくれていたこの街は、一瞬でリアルに戻っていく。
お母さんのこんなに驚いた表情を、あたしは今まで一度だって見たことがなかった。