ホタル



……………

もう随分長い間この家には帰ってなかったけど、その雰囲気は何一つ変わってはいなかった。

まさみさんにも随分心配をかけたと思う。でもその笑顔は、昔と同じ温もりを持っていて。


「…お嬢様」


入り口には、まさみさんの他に梨華さんも来ていた。
少し髪が伸びていた。

あたしは梨華さんの前に立ち、無理矢理笑顔をつくった。
梨華さんの瞳は、微かに揺れている。


お母さんが来ることを裕太に伝えたのは、梨華さんだった。
梨華さんは、裕太があたしの所にいることに気付いていたらしい。
それでも、誰にも言わないでくれていた。

多分、一番辛いのは梨華さんだった。


「…ごめんね」

…ごめんね、梨華さん。

あたし、何度も梨華さんを裏切った。


「…早く入りなさい」

玄関に立ったままでいるあたしに、お母さんが言った。

あたしと一度も、目を合わせない。

先に裕太が入った。

それを見て、お母さんもリビングに消える。


裕太の背中を見ていた。

繋いでいた手は、もう触れることさえできなかった。










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