ホタル


この家は、こんなことがない限り家族が揃うことはないんだ。

このリビングに家族全員揃うなんて、本当に何年ぶりだろう。

少なくとも、あたしが裕太を好きだと自覚してからは一度もなかった。

無駄に広い部屋に、人工的な明かり。
あたしの前にはお母さんが座り、裕太の前にはお父さんが座った。

彼をこんなに近くで見たのも、いつが最後だったか記憶にない。


「…まさみさん、」

お父さんが口を開いた。
しんと静まり返った部屋に、それは威圧的に響く。

「はい」
「悪いが…下がっていてくれるかね」

まさみさんと梨華さんは、リビングの入り口に立っていた。
まさみさんは丁寧にお辞儀をして背中を向ける。
梨華さんは心配そうなその目をあたし達に向けたが、あたしは小さく微笑んで梨華さんを見送った。

これ以上梨華さんに、心配をかけたくなかった。

二人が出ていく音が響き、その音が消えると同時に部屋に静寂が蘇る。

古い大きな時計だけが、鈍い音をたてていた。



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