ホタル
「…裕太」
再び静寂を切り裂いたのは、お父さんの低い声。
あたしは思わず、掌を握った。
「どういうことか、説明しなさい」
顔は上げれない。
誰もの表情を見るのが、怖い。
「…説明するまでも、ありません」
裕太の声が、ゆっくりと部屋に流れる。
それは、幾分かお父さんに似ていて。
それが嫌になるほど、苦しくて。
「俺は、朱音が好きです。だから朱音に会いに行った。ただ…それだけです」
…不謹慎だろうか。
裕太の何の迷いもないその一言が、心の底から嬉しくて。
この家に戻って来て初めて、心から安堵した。
でもそれは、ほんの束の間だった。
「それは…姉を慕ってという類いのものか」
お父さんの声は嫌に冷静だった。
冷静すぎて、怖い。
「俺は…」
テーブルの下で、裕太があたしの手を握った。
心臓が跳ね、視界が滲む。
「朱音を、姉だと思ったことは一度もありません」
それはとてもクリアな答えで。
戸惑いも迷いも、微塵もなかった。
そんなもの、遠の昔に捨てている。
ゆっくりと顔を上げた。
お母さんの表情が凍りついていた。
お父さんは、ただ黙って裕太を見つめていた。