ホタル
…40分になっても来なかったら帰ろう。そして全部大介に押し付けよう。
パートナーであり現在大遅刻をしている大介に胸の中でボソッと悪態をつきながら、こう決心したならいっそのこと来ないでくれた方が楽かもしれないと考えた。
あと五分。教室のドアが開かないことを願う。
溜め息を漏らして伏せた瞬間、たった今開かないで欲しいと思ったドアが無情にもガラッと音をたてた。全くもって不本意だ。
腹立たしさからあたしはあえて顔を上げず、ふてくされた様に伏せたままでいる。謝っても許してやんないから。
「あ…西?」
…大介じゃない声がした。あの時の衝撃は、今でも鮮明に覚えている。
あまりにも驚いたので、あたしは目を見開いたまま顔をあげることも忘れていた。
ゆっくりと、でも大きく鳴り続ける心臓を抑えるために息を吸い、それを吐き出すと同時に顔を上げる。
入り口に立ち尽くす男の子。
短い黒髪はいかにもスポーツマン的なイメージを沸かせ、大介程着崩していないブレザーは清潔感を漂わせていた。
すっとした鋭い目元にはどこか優しそうな雰囲気があり、どちらかといえば爽やかそうな空気を纏っている。
あたしは彼を知らなかった。