【完】白い花束~あなたに魅せられて〜
『直帰で』
まだまだ明るい午後7時。
晴れた空に向かって開けた窓から手を伸ばす。
手に当たる風はやっぱり生ぬるくて、掴めるはずのないそれを手で握る。
「お前、翔と会うのか?」
『……ダメ?』
帰りの車の中、榎本さんは私に視線なんか向ける事もなく、前を見る。
その表情はどことなく険しい。
窓から出した手を戻し、次の言葉を待つ。
榎本さんは左手で運転しながら、右手を窓にトントン叩きつける。
「いや、ダメじゃねぇけど気をつけろよ」
『はい』
杏里ちゃんとの事を懸念しているのか、更にトントントン窓を叩く音が大きくなる。
そして―…
「OKって言っとけ」
『…は?』
OKって、何が?
榎本さんの主語のない言葉は到底理解できるものじゃなくて、ぽかんとした表情を向ける。
「演技指導、俺がしてやるって」
『はい?』
いや、意味わかんない。
どこでどうなったら、そうなるわけだろうか?
「頼まれてたんだよ翔から。ホラ、あいつ今回ので杏里の事務所から、演技指導切られたらしーんだよ。事務所同士も険悪になったみてーだし」
『……………』
聞いて、ない。
今回の事もそうだけど、私の知らない所でいろいろと起こりすぎじゃないだろうか。