燐の行
一.
「……厭きた。どうして俺が、妖怪である俺が人間どもの頂点に立たねばならんのだ?」






フンッと鼻を鳴らし、目の前にいる深緑の髪に切れ長の瞳の青年にそう問いかける白装束の少年。
どうやら言葉の通り、何かに彼は厭きたらしくあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。

「主…それは勝手に貴方様を崇める者達に訊けばよろしいのでは…」

「ばっか。そんなんじゃ答えは一つしかねぇだろうがボケ」

『主』と青年に呼ばれた彼はすっくと立ち上がると着ていた白装束を脱ぎ捨て、千草色の袿を中に、さらに真っ赤な着物をその細い身体に羽織った。

「主…?」

「俺はこれからしばらく此処を留守にする。影武者は立ててやるから大丈夫だろ」

暑いのかバタバタと手にしている扇子を広げて扇ぎ、そっと札を青年に渡す。
その札には何やら呪文字が雑ながらも隅々まで書かれており、特殊な儀式に使われるモノだと感じられる。

「…ちょ…ちょっとお待ちください秋鹿様!!」

思わず少年…秋鹿の行動に目を見開き、立て膝の体勢から驚きのあまりに青年が立ち上がる。
それに対し秋鹿は扇子の先を自らの顎に当ててさほど驚きの様子もなく、「んー?」とだけ答えた。

「…言わなかったか?雹嵐(はくらん)しばらく此処を留守にすると」

フンッと再び鼻を鳴らしいけしゃあしゃあとそう言葉を口にする秋鹿。
それを聞いた雹嵐の顔色がどんどん真っ青に変わっていく。

「ぬ…主!!それは俺とて許しは…」

ふと周りを見るといくつもの小さきながらも威力の強い炎をが宙を浮き、雹嵐を囲んでいる。

「……俺は『主』でも『秋鹿』でも『巫子』でも『神』でもねぇ。これからは『甘楽』だ。覚えておけ」

にっこり微笑み右の人差し指をスッと立てる秋鹿。
その人差し指を雹嵐に向けた直後、無数の炎が雹嵐へと襲いかかった。
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