燐の行
甘楽が放ったその炎に雹嵐はあらがうことなく目を閉じた。
自分が目を再び開けた時には周囲は燃え尽き、自らの肉体も魂さえも灰となりこの世から消えているだろう。
秋鹿…否、甘楽は鴉天狗の中で高い能力を持つ彼でさえ恐れている人物。
彼の操る炎は地獄の業火の如く凄まじく、並大抵の妖、ましてや人間などといった弱く脆い物など簡単に燃やし尽くせる。



（所詮、鴉天狗の中で位が高かろうが低かろうがあの方に俺は到底届かぬ…）



もう俺の命はない。
それに自分が慕っていた者の手でその生涯を終わらせてもらえるのだ。
悔いがあるハズがない。

少しばかり休むと考えれば楽になる。


















「にいしゃまぁあぁあああッ!!!!!!」

聞き覚えのある少女の声。
しかも何かぺちぺちぺちぺちと音がする…微かに痛みがある。

「うわぁんにいしゃまにいしゃまにいしゃまーッ!!!!!」

だんだんと痛みが増し、泣き声も大きくなっていく。
顔がひきつるのが死んだ後でさえもわかるというのか。
…だが、誰なんだろうか自分の頬を何かで叩く者は…。








ぼんやりと目の前に慕っていた物の姿が見える。
今の自分の命は風前の灯火、これから走馬灯でも始まるのかと思えば、

「雹嵐の馬鹿者め、この俺がやすやすと使える駒を手放すかよ」

彼はいつもの嘲笑を浮かべ、そう言い放つ。
少しばかり嫌な予感がした。
まさか…と思い一度閉じ、二度と開くはずのない目をそっと開けてみた。
天井には穴や焦げ跡すら残ってなく、自らの着物や髪、肌も火傷を負ってはおらず、唯一何度も叩かれた頬の痛みだけは残っていた。

「…やられた…」

深くため息をつく。



雹嵐に襲いかかった炎。
アレは全て甘楽の得意な『幻術』だった…。
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表紙・目次

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