唐女伝説
「遂にこの秋がきた」
 楊貴妃救護の為に、二人は剣術と弓の修行に励み、ずっとその機会を待ち焦がれていた。   
 二人が都を去ってから四年の歳月が流れている。この間道山は教え子の中から、屈強で口固く誠実な人士を選抜し、密かに仲間に加えている。伍助、太郎、辰の三人であった。
 伍助は六尺豊かな村一番の力持ちで樵、太郎は猟師で弓の名手、辰は走るのが速く喧嘩が強い。なにもせずぶらぶらしていたのを親が連れてきて、
「道山様の下で修行させてください」
 と泣訴してきた為断れず、庵の使用人兼住み込みの弟子ということになっている。三人も道山から、
「時来る」
 の報を受け、その義侠心に火をつけたのであった。
 五人は翌日ひっそりと吉野を去り、入京した。道鏡の屋敷から一キロの所に宿をとった五人は、明くる日の深夜に討ち入りする事に決し、最後の宴を催した。道山は泥酔し、伍助に担がれて帰宿して、その夜を迎えたのであった。
 午前零時、既に宿舎を引き払い集結を完了した小助達は、各自の武具整備も終え、突入を待時していた。深更の夜空は真黒の雲気に覆われ、若干の湿気を含んでいる。討ち入りには格好の夜色であった。
「よいな、楊貴妃様を屹度あのくそ坊主の薄汚い手から救出する」
 道山の最後の励言に皆は点頭し、刀剣の柄に手をかけた。道山が薙刀を高く掲げた。各々は己がすべきことを掌握している。無言で一斉に行動を始めた。
 五人が裏門と表門の中間に位置する塀を越え、庭から邸内に降り立った時、予想通り敷地内には余り兵はいないらしかったが、楊貴妃が監禁されている離れの周りにのみ、兵が八人程建物をぐるりと取り囲んでいた。
 突然の闖入者達に護衛兵達は色めき立った。
「曲者やあ」
 辰が叫び声の主を気合いで一撃すると、現場は十数人が入り乱れ、血飛沫の舞う戦場と化した。
「唐姫様を守れえ!」
 兵士の絶叫を掻き分けて、小助が雨戸を蹴破った。
「楊貴妃様あ、小助にございます。お救けに参りましたあ」
 小助の数度の呼びかけに、応じる声があった。
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