唐女伝説
「小助、小助」
 聞き覚えのある稍ハスキーボイスの美声だ。
「楊貴妃様、さあ、こちらへ」
 楊貴妃は顔蒼白く痩せこけていた。余程苦労を重ねた様に見受けられ、小助は自分の怒気が見る見る怒張していくのが分かった。小助は楊貴妃の以前の半分位に縮小した手をとると、
「引き上げるぞ!」
 と怒鳴った。小助の横に白装束の貴女の姿色を認めた一同は、
「おう!」
 と鬨の声をあげ、小助と楊貴妃を庇う様に一団となって裏門から引き上げていく。
「待てえ!」
 警備兵達は盛んに矢を射掛けてきた。弓の名手太郎が弓矢で応戦したが、的が大きい伍助の肩に敵の矢が突き刺さった。
「伍助!」
 道山の呼号に伍助は、
「ここは儂が引き受けた!」
 と後方に向かい、仁王立ちになった。
「伍助!」
「早く!楊貴妃様を」
「分かった。さらばじゃ」
「伍助、伍助」
 皆の呼声が響動する中、伍助は雨霰と降り注ぐ矢の嵐を単独で防ぎ、時を稼いでくれた。この戦法は道山が考案したもので、全員がやられそうになった時は、一人ずつが犠牲となっていき、飽く迄も楊貴妃を守護する、という戦い方だった。伍助は身体中に矢を受け、それでも屈せず敵と太刀を交えて闘い、五人が逃げおおせたと感じ取ると、満足気に倒れ昇天していった。
 ぽとっ、ぽとっと水滴が小助の頬に付いた。
(天佑か)
 黒雲が動き、黒風白雨に打たれ始めた。一団は幸運に胸中雀躍りしつつ、黙然と都大路の裏道を駆け抜けていく。西へ、西へと一行は進歩していった。
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