唐女伝説
 小助は仰向けに臥している道鏡の喉元に、ひんやりとした刃の感触を味あわせてやった。
「冥土の土産に教えてやろう。小助だ」
「こすけ?」
「忘れたか。楊貴妃様を御前より取り戻した男だ」
「あ」
 道鏡は合点がいったらしい。闇の中に光る眼光を見据えた。
「何故儂を襲う」
「何故だと?楊貴妃様はな、御前に監禁されていたお陰で病になり、唐土で亡くなったんだぞ。儂の両親も囚われ、獄中で死んだ。全て御前のしたことだぞ」
 小助は刃先をぐっと押し付けた。
「楊貴妃?楊貴妃だと?」
 道鏡は不敵な笑みを浮かべた。
「何がおかしい」
 小助は左手で道鏡の胸ぐらを掴んだ。
「御前は騙されている。あの女は楊貴妃ではない。ただの唐の女だ」
「なにい、戯れ言を言うな!」
「戯れ言ではない。儂は藤原清河殿に書面で確かめたのや。清河殿は楊貴妃を救け出した覚えはないし、書状も書いていない、と返書を寄越したぞ。儂は大恥をかいたわ」
「む。嘘をつくな!」
「嘘ではない!おお、そうだ。その書状がある。見せてやる」
 道鏡は刀の脅威を無視し、部屋の隅に移動した。灯油に火をつけ、ごそごそと捜し回った後、巻手紙を開示してみせた。
「これじゃ」
 小助は黙受し、目を皿のようにして読み耽った。長い時だった。
 小助はじろりと道鏡を見下している。剣先を膝をついている道鏡の額に翳すと、
「では、誰なのじゃ」
 と憤恚の面持ちで質問した。
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