唐女伝説
 くまは、恭しく楊玉環にお茶入りの湯呑みを捧げた。
「楊貴妃様が何故、どうやってこんなところへ?」
 小助の質問に、楊玉環は、
「遣唐大使藤原河清の好意により、密かに唐を脱出。玄界灘から瀬戸内海へ入ろうとしたが嵐に遭い、日本海を漂流、難破してしまったのです」
 と説明した。
「従者は?」
「分からない。全員死んでしまったのかも」
 楊貴妃は見窄らしいくまの寝巻の袖を、そっと涙で濡らした。更にその後、
「私を都に連れていってくれますまいか。藤原河清(本名は清河。唐では河清と名乗っていた)様から託された藤原仲麻呂様宛の書状を携えております」
 と驚くべきことまで喋ったのである。楊貴妃は肌着に縫いつけておいたという皺皺の手紙を、小助に広げて見せた。小助はまじまじとその破れかけた書状に目を通した。
(漸くこの麗人の言を信頼することができる)
 と思念したのである。
 書面の内容は、藤原清河が従者を使って楊貴妃を救出し、従兄である参議藤原仲麻呂にその身の保全を依頼していること。清河自身も安史の乱が鎮静次第帰国するので、それまで清河の屋敷に、楊貴妃を内密に匿って欲しい、などというものであった。
 小助は、自分を信用して全てをさらけ出してくれた、目の前の絶世の美女の期待に応えたい、と身の震えるような気持ちで思念した。突如拝伏した後、
「私の命に代えましても、必ず貴女様を都へお届け致します」
 と紙に認め、楊貴妃に差し出した。楊貴妃は、
「シェーシェー」
 と頭礼すると、滲みいるような笑顔で母子の親切に応じたのであった。
< 5 / 21 >

この作品をシェア

pagetop