ティーン・ザ・ロック




「貴女しか居ないでしょう。…良いから、こっちに来なさい」


「あ……はい」



立ちあがった瞬間にプイッ と方向を変えて、奥の方へと進んでいく悠馬の母親に慌ててついて行く。


多分気を遣ったんだろうけど、とんでもない展開に頭が付いて行かない。


キッチンに着くと、既に彼の母親はエプロンを身に着けていた。



「…コレ、私の物で悪いけれど使って」


「え?…は…はぁ…どうも」


手渡されたもう一枚のエプロンは、沢山の花が散りばめられている、お母さんが使う様なデザインだった。



言われるがままに身につけ、取り合えず手を洗って指示を待った。



「じゃあ…そうね。小麦粉を量って、ふるいにかけて貰えるかしら。分量はここのページを見てね」


「はい」



作業台に置かれた本の上の方に、『初めてのお菓子作り』と書かれていて


本当に初めてなんだなぁ、と少し微笑ましく感じてしまう。



量り終えた小麦粉をふるい器に移し、ボールの中にサラサラになった粉を振り積もらせる。


地味な作業を続けていると、唐突に悠馬の母親が口を開いた。



「……あの子の傷の事、あなたも知っているのね」



「…はい」


「………あれは、本当に申し訳なかったわ…。

私、ずっとうつ病を患っているの。悠馬は知らないと思うけどね……。


だからって傷を付けた事、それを更に目立つ傷に変えた事を、許して貰えるとは思ってないけれど」


「うつ病……。あの…。今は…?」


「あの人に出会って、薬の力もあるんだけれど……ちょっとずつ良くなっていったのよ。

だから、今は薬さえあれば温厚で居られるわ」




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